2008年02月02日

●四国の旅 その6 金刀比羅宮 緑黛殿

 金刀比羅宮の魅力は、伝統を尊重しつつ、新しいものを貪欲に取り込んでいくところにあると思います。それが非常に鮮明に現れているのが、「緑黛殿」。絵馬堂、御本宮と並ぶ場所の左側にあります。設計は鈴木了二建築計画事務所。用途は祈祷を上げてもらう方の控え所だそうです。

 内部は非公開ですが、外から眺めるだけでもその魅力(異物感?)は伝わります。屋根は瓦の載った大屋根。ですが、それを支える梁、柱はコールテン鋼(表面に酸化皮膜を形成して腐食を防止する鉄。錆を意匠的に見せることが可能)です。錆の色合いが遠景には伝統建築のように見え、近づくとその素材感から現代的な印象を受けます。柱に挟まった白い箱のバランスはまさに現代建築。中庭に面した地階(?)は更に明確になって、鉄とガラスの箱の中に白いボリュームが納まっています。
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 中庭には2本の木を残して、後は土だけです。それをコールテン鋼でぐるりと囲みます。とても荒々しく大胆。ギョッとしました。でも調和していると感じます。好き嫌い分かれそうですが、長いスパンで考えるとこれくらいが良いと思います。違和感は時が経つにつれて消えるでしょうし、金刀比羅宮はこの先もずっと在り続けるのだし。
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 「幸福の黄色いお守り」。御本宮近くの授与所にて。お守り、小さなお守り、小さな小さなお守りの三点セットを購入しました。2,500円也。
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2008年02月01日

●四国の旅 その4 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館

 そして丸亀へ。目的は「丸亀市猪熊弦一郎現代美術館」。設計は谷口建築研究所。「せとうち美術館」からタクシーで2,540円也。JRでも移動できますが、坂出駅まで戻っても2,140円かかることを考えると、待ち時間なしで移動できて良かったです。

 展示は常設展のみ。閉館50分前に滑り込んだので、貸切状態でした。ここで「瀬戸内アートネットワーク・スタンプラリー」のスタンプが三つ(直島、せとうち、丸亀)たまったのでバッチをもらいました。

 3階廊下から展示室Bを見下ろす。上部横長窓から望む丸亀の景色。雑然とした足元を消去して、上部のみ切り取って見せます。それを展示室の面として構成することで、外部が展示室に貫入します。変則的な借景の手法。
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 展示室A。不要な線を消去して、面に純化する美学。左手の扉は高さ3mほどありますが、意外と軽やかに開閉します。
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 建物正面の大階段を上った先にある「カフェレストMIMOCA」。こちらはお客さんが何組か入っていました。見せたくないものは隠す。駅前の雑然とした街並とは階段を経ることで隔絶、ロータリーの喧騒は屋上庭園に滝を流して消去。落ち着いた雰囲気を形成しています。しかし目隠し壁を越えて高層マンションが顔を出しています。環境を制御するのは難しい。
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 丸亀駅から眺める駅前広場。屋外彫刻が配され、美術館と一体の駅前作りを目指したことが伺えます。建物も大きなゲート状の囲いでそれに答えます。しかし、大きな壁画は同時に内外を分断します。駅前の賑わいの演出に寄与するであろう飲食施設やライブラリーは、直接見えないところに隠した格好です。
 雑然とした周辺環境は隠して、上部の眺めのみを切り取る。開いて閉じて開く構成。美術館としてとても美しい反面、広場に面した在り様としてはどうなのかと気になります。
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2008年01月30日

●四国の旅 その3 香川県立東山魁夷せとうち美術館

 次の目的地は「香川県立東山魁夷せとうち美術館」。設計は谷口建築研究所。フェリーが接岸するやいなや、高架歩廊を渡ってJR高松駅へ。最寄の坂出駅まで移動した後、タクシーでGO。バス、乗合タクシーもあるものの、時間が全く合いませんでした。入館料300円(スタンプラリーの割引で240円)、タクシー代2,140円也。

 美術館へと伸びる「道」。それを受け止める自然石貼りの壁、RC箱、控えめに挿入されるガラスの箱。あえて背後の瀬戸内海を見せない配置。
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 展示室を一周して、ラウンジ「なぎさ」から望む瀬戸内海。「白い道」からRC箱の第一展示室「魁夷-四季変化」、自然石貼り壁の第二展示室「森のささやき/白馬幻想」、デジタル展示室を経て、ラウンジへ。東山魁夷の作品を鑑賞しつつ瀬戸内海の大パノラマへと導く動線、演出は完璧。第一展示室の細いRC柱も、浮遊感が感じられてとても美しいです。「建築化された散歩道」の一つの究極に思えます。安藤さんの「建築化されたランドスケープ」と合わせて観ると、建築の可能性の両極が体験できます。
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 ロビー内観。ガラスの箱の中に、木地の衝立。内外の天井高を揃えて一体化。純化された構成。その反面、後付のポスター掛けスペースが浮いて見えます。箱が小さすぎる?
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 木地の衝立の裏側。ミュージアムショップ、ロッカー、傘立等をまとめて配置。案内板も一体化した方がスッキリする気がしますが、そのために純粋な形態を崩すのももったいない。
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 自然石を内部にも連続させて内外を一体化。通路開口は石の割付とぴったりと一致。ガラリ、扉も開口一杯まで立上げて、余計な線を消去。
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 瀬戸内海の「借景」と「線の消去」。そして流麗で繊細な構成。小さいながらも谷口美学が堪能できて満足です。さらに雄大な自然に力負けしない壁としての在り様が見られて、とても良かったです。アクセスが悪いながらも人はけっこう入っていて、東山魁夷と谷口建築の人気の高さを感じました。
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2008年01月29日

●四国の旅 その2 ベネッセアートサイト直島

 直島と言えば「ベネッセアートサイト直島」。あいにく地中美術館が展示替え休館中だったので、今回は偵察のつもりで軽く廻りました。

 フェリーから望む直島。中央の建物が「ベネッセハウス ミュージアム」。重工業が衰退した禿山を、建築とアートの力で世界有数の観光地に飛躍させた立役者。島をぐるりと回って宮浦港へ。
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 フェリーターミナル「海の駅なおしま」。設計がSANAAということでとても有名。薄い屋根と細い柱、ずらしながら挿入されるガラスの箱。船と車とバスの結節点というとてもアクティブなエリアにあって、その存在感は希薄。消したというよりも単に印象に残らない。船のハッチがそのまま桟橋になるダイナミックなギミックの方が面白かったです。前の写真にチラリと写っている緑とオレンジの板がパタンと倒れて橋になっています。
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 「家プロジェクト」を間にはさんで、「ベネッセハウス ミュージアム」へ。設計は安藤忠雄建築研究所。長く伸びたアプローチに沿って海へ向かい、折り返して振り返ると入口が登場します。安藤さんらしい、軸線を大切にした構成。中へ入ると、弧を描く動線が上へ下へと伸びていて迷路のよう。至るところにアートワークがあるものの、建物の印象が強すぎて、さながら安藤建築鑑賞ツアー。「21_21 DESIGN SIGHT」も同じ印象を受けますが、美術館というよりも建築化されたランドスケープに近いと思います。建築としてはとても大味。円形吹抜けにある階段は、トップライトメンテナンス用なのか?この建物の真価は、泊まってみないと分からない。
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 草間彌生「南瓜」。数多く設置された屋外作品の中でも、抜群の存在感を放ちます。本当にすごい存在感。これはきっと、草間さんの分身なのでしょう。フェリーターミナルにある赤南瓜が修復中で観られなかったのが残念。
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 14:20離島。サヨナラ直島、次回は泊まりで来よう。

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2008年01月28日

●四国の旅 その1 家プロジェクト

 「金刀比羅宮 書院の美」の終わりが近い。飛行機のマイルがたまった。そうだ、香川へ行こう!というわけで、1泊2日で香川を旅しました。

 まずは直島「家プロジェクト」へ。朝一番の飛行機で高松空港まで飛んで、タクシーで高松港へ。フェリーで直島に上陸して、町営バスで最寄駅の農協前へ。11:14着。乗換時間数分、驚くほど接続が良いです。

 「本村ラウンジ&アーカイブ」。設計は西沢立衛さん。「TKG Daikanyama」の内装、「Space for your future」の出展と、大活躍な方です。スーパーマーケットを改装した本計画も、剥き出しの構造体にほっそりとした階段を加え、明るく射す光と植物で柔らかな空間を構成しています。こちらでチケットの購入と、「きんざ」の予約確認をして散策へ。
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 須田悦弘「碁会所」。室内に散らばる木製の椿、そして見返す庭。名前から「人が集まる場所」を想像していたら、人の居場所は縁側だけで長居するにはちょっとつらい。アートに家を追い出されるような妙な感覚。
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 宮島達男「角屋」。暗闇の中、水面に揺らめく発光ダイオード。その幻想的な眺めに、扉を開けた瞬間「おおっ」と声が出ました。水戸芸術館の宮島達夫展は絶対行こう。
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 内藤礼「きんざ」。スルスルと潜り戸を引いて中へ。下部の光スリット、存在感のある土壁。静かに充満する音と、次第に浮かび上がる装置。予約制なので、完全に1対1で作品と向かい合う15分。空間とアートが一体化した、もの凄く濃密な時間。時間の断片を引き出す装置に思えました。
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 杉本博司「護王神社」。地中へと続くガラスの階段。案内スタッフの方の解説に拠ると、昔は古墳があった(今もある?)という地の記憶を踏まえた地上(神社)と地下(古墳)をつなぐ作品らしい。アートが神の居場所に侵入して良いのか、引っかかります。石舞台古墳も石室を観光地化している訳だし、既に抜け殻の場合は可?引っかかりも含めて作品?美はそれらを凌駕する?
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 大竹伸朗「はいしゃ」。トタン波板、錆、ガラス、多数のサインやオブジェで内外を覆い尽くした塊。スマートな作りの作品群の中で、そのペラペラで乱雑(に見える)作り、その中に感じるエネルギーは異彩を放つ。古く懐かしい現代アートという感じ。矛盾してますが。
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 個々の作品も魅力的ですが、普通に町を歩いていてアートに出会う(というか、地図がないと家並みに埋没して見逃しそうになる)感覚が「家プロジェクト」の素晴らしさだと思います。さらに、その魅力に触れるには、実際に行くしかないことも大切。シーズンオフにもかかわらず、何組もの方たちが地図片手に歩き回っていました。

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2007年09月19日

●朝倉彫塑館@谷中

 谷中にある朝倉彫塑館は、彫刻家朝倉文夫(1883-1964)のアトリエ兼自邸であると同時に、恐らく現存する日本最古の屋上庭園があります。竣工は1935年。実に築70年を超えます。その現状を観たくて、初秋の晴天の下、出かけました。

 RC造3階建てのアトリエ棟の屋上にある庭園。左手のオリーブの木は戦後すぐに植えられたそうで、見事な枝振り。舗装タイルの上に、コンクリート化粧ブロックを置いただけに見える庭園の状態は極めて良好。濃密な緑の空間で満たされた空間は、これで持っちゃうの!?という驚きと、建築は長く生きてこそ良さが引き立つという思いとが入り混じるワンダーランド。素晴らしい!
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 屋上から見下ろす、住居棟の中庭。夏を彩る百日紅の花もそろそろ終わり。住居棟は現在立入禁止ながら、その中庭の眺めは素晴らしいです。アトリエからの眺めも絶景。
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 庭園の下には、朝陽の間と名付けられた応接用の和室があります。神代杉の天井板、瑪瑙を砕いて塗りこめた壁、松の一枚板の床板。悦を尽くした空間は、蕩けるほどに魅力的。更に降りると、蘭の間。かつては東洋蘭の温室として使われたそうですが、今は朝倉が愛した猫の像で埋め尽くされています。個人的にイチオシの「吊るされた猫」は、宮城県美術館に貸し出し中でした。更に降りると、3層吹抜けのアトリエ。大きな窓から木漏れ日の射す空間は、とても居心地が良いです。そこからの中庭の眺めも素晴らしい。

 作家自らが25年かけて練り上げた空間は、作為が磨きこまれて無為へと突き抜けたような感動を覚えます。一般に広く公開している台東区にも感謝。
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2007年08月31日

●ART PICNIC Vol.13「ル・コルビュジェ展」@森美術館

 「アートをもっと身近に楽しもう」をテーマに、森美術館J-WAVE BOOM TOWN がコラボレーションしているイベント「ART PICNIC Vol.13~Le Corbusier」に行きました。

 参加者は20名ちょっと。ナビゲーターのクリス智子さんと森美術館館長の南條史生さんの案内で、展示を観て回ります。貸切状態の美術館の中を、マイクやカメラ等の機器を抱えたスタッフの方たちが付かず離れず帯同していて、ちょっと変わった大人の遠足です。
 冒頭で「暖炉」、「ロンシャンの模型」、「絵画のような彫刻」の三つを紹介して、「建築家コルビュジェとアートの関係をクローズアップする」本展の趣旨を説明してスタート。コルビュジェのアトリエの再現模型へと進むと、コルビュジェさんが登場!ちょっと一言多いキャラクターも上手く演じていて面白い。
 ユニテ・ダビタシオンの再現模型の前では、南條さんがコルビュジェの理想の身体=モデュロールの身長1,829mmとわずか1mm違いの1,830mmという驚きの事実が!実際に原寸モデュロールの前で手を掲げたポーズをとられると、そのピッタリっぷりに驚きました。中に入ると蝶ネクタイに着替えたコルビュジェさんが!リビングテーブルに三人が座って解説をひとしきり。システムキッチンの発明、子供用シャワー室、オムツ替え台、階段の子供用手摺の工夫等々。リビングの可動照明をキッチン側に動かしてみたりと、普段は触れない部分を実演してもらえたのも良かったです。「マンションの見学に来たよう」というクリスさんの言葉に対して、「コルビュジェはライフスタイルをデザインした」という南條さんの返事は特に良かった。
 シャンディガールの展示では、絵画と建築のモチーフの共通性を語って、再度本展の趣旨をアピール。最後にカップマルタンの小屋でコルビュジェさん(今回はかなりラフな格好!)と記念撮影。実は森美術館の広報の方が扮しておられたと種明かしをして終了。あっという間の2時間弱でした。満足満足。
 
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2007年08月09日

●「ル・コルビュジェと私」 第4回 「ル・コルビュジェの精神と近代」

 森美術館で開催中のレクチャーシリーズ「ル・コルビュジェと私」の第4回「ル・コルビュジェの精神と近代」の聴講メモです。出演は黒川紀章さん。(第1回第2回第3回)
 京都大学を卒業、中央と距離があって良かったが、もっと矛盾の孕んだ活気のあるところへ行きたいと希望。一番尊敬できるところに行こうと考え、丹下健三のいる東京大学へ。丹下研究室に入ると仕事の手伝いで忙しいので、ゼミのみ参加。自分の製図板は研究室でなく廊下にあった。
 世界で大きな変化。バウハウス、グロピウス、ミース等、モダニズムへの道を拓くリーダー達が活躍する時代。研究室で一番汚れた(繰り返し読まれた)本がコルビュジェの作品集。丹下さんのバイブルだった。
 1958年、CIAM (近代建築国際会議)の第10回会議のゲストとして丹下健三とルイス・カーンが招待された後、CIAMが解散。その会議を準備したメンバーがチームX(テン)を結成。第一回目がフランスのロヨモン修道院で開催される。実作はなくとも面白そうなモノを作りそうな面子が招待される。ジェームズ・スターリング、クリストファー・アレキサンダー等と共に参加。近代建築が終わって、何かが始まるらしい。ル・コルビュジェ、インターナショナルスタイルを批判するところから建築家としての活動が始まる。
 ロンシャンは建築ではない。あえていうならバナナか?インターナショナルスタイルが上手くいかないところから逃げ込み、失敗したまま死んだ。哲学を考えたのに、建築が資本家の手に落ちるとアーティストに帰った。ラ・トゥーレットはなんとか建築。丹下先生も死ぬかと思ったら、代々木競技場で生き延びた。本人は最後まで言わなかったが、伝統的な日本の屋根の影響がある。
 丹下の下にきたコルビュジェからの手紙のコピー。大人が子供を肩の上に立たせているスケッチと「次の世代へ」というメッセージ。丹下を通して、コルビュジェの苦難の道を知る。
 独立当初は仕事を頼みに来る人がいなかったから本を書いた。現在143冊。今の人は作品集は作るが本は書かない。1世紀に2人いれば良くて、その1人が自分。日本語の100冊目が「都市革命」。「競争原理=もうかる」だけではダメ。経済と文化の共生が大切。建築の話は今回が最後。衆議院議員になる。
 1960年から時代が変わる。建築のモダニズムが終わって、今起こっているのは新しいモダニズム。新しい言葉を作れない場合にポスト(後)をつけるが、中身がない。1958年に「機械から生命へ」を書いた。今ではあらゆる学問が「生命」を掲げる。二元論で解明してきた世界から複雑系の化学へ。「中間領域論」。化学と芸術、二元論を超える共生の思想。1960年代に「共生」の言葉を作った。
 グローバリズムはスタイル。上手い手だが、本当の新しい時代を生きていない。自作のクアラルンプール新国際空港のHPシェルはローカリズムを表現する。過去を参照していない。人間と自然が共生する上で問題が出てくる。都市はコンパクトに、森を残す。
 マリリン・モンローは嫌い。グレタ・ガルボが好き。人間は肉体だけでなく、心(哲学)も持てる。浮世絵でいえば、鈴木晴信が好きで歌麿が嫌い。グレタ・ガルボのような建築を作りたい。コルビュジェの時代の哲学はヒューマニズム、人間中心。レヴィ・ストロースの構造主義は、未開からフランスを見据えることで、世界を相対化した。森と共生しないといけない。建築は、哲学、数学、量子力学、文化人類学といった学問と手を携えて乗り越えていく。コルビュジェを再評価しながら、その時代と何が違うか考えて行きましょう。

 黒川さんの講演を聞くのは今回が初めて。大遅刻で始まり、コルビュジェを絡めつつ批判と哲学を武器にご自分のサクセスストーリーへとつなげ、政治の話へ脱線。誇張の効いたジョークを交えて会場の笑いをとる話術も含めて、巨匠らしい講演でした。ただ、ル・コルビュジェ展の講演会としては微妙。

 これで全4回のレクチャーシリーズは終了です。ル・コルビュジェをキーワードにして、現代建築の巨匠4人の話を聴けるのはとてもありがたかったです。4人の話を通して、「現代」をフラットに眺められるところが最大の魅力。
 学生の頃に抱いたイメージ、コルビュジェの建物を見て回った時に抱いたイメージ、そして今回の展示と講演。その中で変わらない部分があり、変わる部分もあります。特に今回は、建築設計の実務に携わる中での変化なので、思うところ多々。建築に対する意欲が底上げされました。


 講演会は週末の昼下り。「ラテンアメリカン・ガーデン」開催中。
 でもプレゼン直前だったので、立ち寄る間もなく代官山のプロジェクト室にUターンでした。
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2007年08月01日

●21_21 DESIGN SIGHT@東京ミッドタウン

 東京ミッドタウンの緑地に建つ半地下のデザイン施設「21_21 DESIGN SIGHT」。企画構想は北山創造研究所、設計は安藤忠雄建築研究所+日建設計、施工は竹中工務店+大成建設。2007年2月竣工。安藤さんのコンセプトと、最高水準の設計、施工体制のコラボ。

 大きな鉄板屋根を地面に向けて折り曲げることで、周辺の緑に溶け込むような建物の在り方。水のせせらぎ。思い思いに時間を過ごす人々。全てが人工でありながら、「自然」を感じさせる景色。「人の集まる場」を作るという、明快で力強い意思を感じます。
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 「自然」と対峙する力強さを体現する打放しコンクリート。内部はほぼコンクリート一色。印象もコンクリートのガランドウの箱。環境装置として非常に優れていて、機能を持つ建物としては今一つ。10年くらい経ってから再訪してみたいです。
 ギャラリーでは第1回企画展「Chocolate」が開催中でした。マイク・エーブルソン+清水友里(POSTALCO)「カカオ・トラベル」のコンクリートの壁とパイプの対比、岩井俊雄「モルフォチョコ」の種明しをされても観入ってしまう変幻自在の不思議さに釘付け。釘型チョコの、パウダーをまぶしたチョコと錆釘の質感がそっくりなのも面白かった。ただ、全体的にはかなり希薄な印象。「デザインのためのリサーチセンター」という位置付けも今一つピンときません。
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 端部は結構尖っています。その鋭利さは、「世の中そんなに甘くない」というメッセージにも思えます。
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2007年07月31日

●「ル・コルビュジェと私」 第3回 「ル・コルビュジェとは誰か」

 森美術館で開催中のレクチャーシリーズ「ル・コルビュジェと私」の第3回「ル・コルビュジェとは誰か」の聴講メモです。出演は磯崎新さん。

 コルビュジェはなぜ絵を描くのか?コルビュジェはいつもスケッチブックを持ち歩いていた。スケッチブックから絵画、建築、実生活への影響を追っていくことで、コルビュジェ研究の欠けた部分を語ることを試みる。

□Journey to the East
 イスタンブールでスレイマン期のモスクを観て、ギリシャへ。海からアトス山を眺めるスケッチ。僧院のスケッチ。アテネへ。船の上から眺めるアクロポリスの丘。夕陽のアクロポリスを待ち、そして丘を登る。スケッチブックの記述「alone it is a sovereign cube facing the sea」。アクロポリスを見て、cubeと捉える。最初の建築体験、啓示。

□Album of La Roche
 パリに出る。ピカソがキュビズムを発表した後の時代、ポスト・キュビズムに何をしたら良いか?オザンファンとポスト・キュビズムのマニフェスト、ピュリズムを発表。「暖炉」(白い立方体)を描く。静物画のモチーフとしてガラス器を多用。
 スケッチブック「Album of La Roche」を辿る。延々と絵の下絵、そして絵。透明ガラス器の重なりの表現を探し(スケッチ)、まとめとして絵を描く。空間の重層性の表現、コーリン・ロウの述べるところのambiguity(両義性)。ドミノシステムのスケッチ、重なりあいの表現、レマン湖の景色(「母の家」の土地を探しに行ったときのスケッチ)。重なりあい、ラ・ロッシュ邸の初期スケッチと内観パース。空間の取り出し方、重層させていく過程を建築に置き換えていく。理論、絵画、建築の一貫した仕事。最後に300万人都市のスケッチとマニフェスト。そしてヌードデッサンの模写。原型があって模写、自分のスタイルを作っていった。

□黒い影
 白の時代(1925-35)に3-4のコンペに当選後外される、落選を繰り返す。国連連盟本部、モスクワのセントソロユース、ソビエト・パレス。建築家として一度挫折。1929年、南米旅行へ。南米のスケッチブック。リオの岩山と民家。ヴァナキュラーな物への関心。岩山に長大なピロティのスケッチ、高速道路+建物の構想の始まり。後のアルジェ計画に集約。女性の裸を多く描く、エスニックへの興味。帰りの船でジョセフィン・ベーカーとの出会い。1930年代の変化、「黒い影」。マッシブで透明感のない、肉の塊として対象を捉える。建築でも存在感のある素材を使う。何故?
 (時代を戻して)パリに出た頃の娼館を描いたスケッチは、ピカソの「アビニョンの娘たち」と同じ主題。ドラクロアのアルジェ、モロッコ。ロダンのヌードデッサンの模写。常に「二人の女性」の主題。「黒い影」を持った立体においても相変わらず「二人の女性」の主題。

□アイリーン・グレイとカップマルタン
 アイリーン・グレイの登場。漆工芸家から始まり、先端的なモダンデザインを手がける美女。1929年にカップマルタンの住宅「E. 1027」を完成。コルビュジェよりも出来の良い(?)白い箱。この住宅の背後に、コルビュジェ設計のカップマルタンの小屋と宿泊施設が建つ。コルビュジェはこの住宅に、彼女に無断で壁画を描き、激怒させた。
 なぜ白い壁を汚そうとしたのか?白の時代の自分を汚した?なぜ二人の女のモチーフ?アイリーン・グレイはレズビアン。エスニックな肉体を描きながら、自分自身の中にある透明性、キューブを統括して支配しようとした?男性から見て女性は他者、自分でコントロールできない他者の存在を感じる。建築との関わりを考えるという状態に追い込まれた?この頃に、コントロールの効かない破壊された都市に到達。

□ラ・トゥーレット修道院
 元々はスイスのプロテスタント社会で育った。なぜラ・トゥーレットを設計する?最初期のスケッチはスロープ案。神父よりル・トロネ教会を見るよう勧められる。コルビュジェのノート「10%しか光がない。全部石だけ」。非常に的確な指摘。写真、模型では分からない。体で感知しないと分からないことがある。1963年に訪れた。まだドミニコ会が実際に生活しており、女性は入れなかった。最初の透明から、「E. 1027」の悩みを経て、真っ暗闇に行き着く。

 磯崎さんの講演を聞くのは、第3世代美術館の全盛期以来、14年ぶりくらい。その平明に見えて難解(に感じられる)な論理で、聴く者を惹き込む語り口は健在。今回も繰り返し「なぜか」と明確に問いを発し、それに答えつつ気がつけばコッテリとした深みへと誘います。話を建築に帰結させながら、心に残るのはどんよりとした闇。なんとも言葉にし難い領域へと斬り込む手腕が印象に残りました。

 アカデミーヒルズを出ると、YAYOI KUSAMA presents 「宇宙の中の水玉カフェ」が開催中。「いつも何かが起こっている」イベント性の仕掛けはさすが。
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2007年07月22日

●国立西洋美術館

 上野の国立西洋美術館本館は、ル・コルビュジェが日本で唯一手がけた建物として有名です。設計はル・コルビュジェと彼の弟子である前川國男、坂倉準三、吉坂隆正、竣工は1959年。DETAIL JAPAN 2007年7月号はコルビュジェ特集号ですが、その中でヨコミゾマコトさんがこの建物について書かれています。わずか4ページのテキストですが、トップライトと光の採り入れ方の変遷を主軸に、様々なエピソードを散りばめつつ「不安定な正方形」という言葉で締める構成は詩的かつ論理的で面白いです。

 というわけで西美へ。三角形のトップライトから自然光が注ぐ中央部吹抜。梁や壁面に付いた照明が、コンクリートと自然光の劇的な関係性を妨げて残念。いかにも後付っぽい。
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 ヨコミゾさんが書くところの「6x6スパンの構造と、中2階に浮いたように卍型配置された照明ギャラリーとが相互に貫入することで、内部空間に独特の透明感と流動感がもたらされている」展示空間。中2階は現在立入禁止。美術館の方に聞いたところ、以前は小品の展示に使っていたが、バリアフリーの兼ね合いや光熱の調節の都合上閉鎖とのこと。立体的な動線が使えないのは、空間体験としてはもったいない。美術品の保護、良好な鑑賞条件の必要性は分かるものの残念。
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 ガラスの中の階段。ガラスで竪穴区画しているのでしょうが、階段がガラスの展示ケースに納められているよう。西洋美術館自体がコルビュジェ建築という遺跡の動態使用に見えて、世界文化遺産への登録を先取りしてる?
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 もうじき設備改修に入る新館。設計は前川國男、1979年竣工。天井の特徴的なトップライトは光熱の都合上閉鎖中。今回の改修で改善されるか?
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 新館から中庭越しに本館を望む。基本的に眺めるだけ。機能的には日本庭園に近い?
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●「ル・コルビュジェと私」 第2回 「私とル・コルビュジェと住宅建築」

 森美術館で開催中のレクチャーシリーズ「ル・コルビュジェと私」の第2回「私とル・コルビュジェと住宅建築」の聴講メモです。出演は安藤忠雄さん。

□ル・コルビュジェとの出会い。
 建築を学び始めて初めて買ったのはコルビュジェの本。ロンシャンの教会にたくさんの人が集まっている写真、マルセイユのユニテ・ダビタシオンのピロティと屋上庭園。そこで子供たちが走り回っている写真。建築は個人だけでなく公的な影響も及ぼす。
 1965年にヨーロッパを旅行した。ギリシャ、パルテノン神殿はそれほど凄いとは思わず。フローレンスのドーム、マルセイユ、アフリカ、インドを経て日本へ。マルセイユでは船が3日遅れて、毎日ユニテ・ダビタシオンに行った。
 ラ・ロッシュ=ジャンヌレ邸(1923-25年)。銀行家とコルビュジェのお兄さんの家。ジャンヌレ邸は、現在コルビュジェ財団が使用。以前にコルビュジェの全住宅の模型を作って財団に寄贈したが、今度は借りようとしてもなかなか貸してもらえない。コルビュジェは建築好きで、住みやすさ、使いやすさもよく考えられている。サッシュの結露水の処理、スロープの手摺、ガラス戸が開く範囲等。
 マルセイユのユニテ・ダビタシオン(1945-52年)のピロティと屋上庭園。時間が経てば傷むが、考え方はしっかりと残る。残らなければならない。換気扇周りの鍋収納、2階吹抜手摺壁の通風スリット及び本棚等良く考えられている。
 サヴォア邸(1928-31年)。当時の文化相アンドレ・マルローのおかげで保存された。
 リートフェルトのシュレーダー邸。1924年竣工、コルビュジェと同時期。ピート・モンドリアンと友人関係。家具作家が作った家。巨大な家具。良く動く。クライアントの存在が大切。

□自作を語る
 1969年に事務所を開設。10年間は頼まれた仕事は好きにやれば良いと思っていた。楽しかった。建物が大きくなるとそうはいかない。
 富島邸(1973年)。現在はアトリエとして使用。安いのでコンクリート造。型枠を外せば仕上なしで使える。その反面、汚れやすく補修も難しい。型枠を外すときに木片が貼り付くのを、ペンキを塗ることで綺麗に外せるように改良。特許をとっておけば良かった。
 神戸の住吉邸。地場産の御影石を用い、既存のクスノキを残す。風景を残しながら、受け継いできた住まいを具象化。
 大阪の住吉邸(長屋、1976年)。間口3.6m、奥行15m。コルビュジェの建築5原則に沿った建築を作りたいと考えた。三軒続きの長屋の真ん中を切るので、倒れてこないかと心配した。敷地を長手に三分割して、真ん中を中庭に。通風、採光、日照のみ考慮して、冷暖房は不要と考えた。外を通ってトイレへ。雨の日は大変。抽象性、コンセプトをしっかりと作ることが大切。
 ロンシャンの教会の人々を集める力、集まる場所、そして責任。あちこちから光が入り、20世紀を代表する光の空間。地中美術館(2004年)では建物の外形は存在せず、光で建築が成り立つ。
 光の教会(1989年)。予算2,700万で70人入る教会を。屋根はなくて良いか?雨の日は傘を差して集まる、良い教会では?正面十字の光のスリットにはガラスが嵌っているが、とりたいと繰り返し言っている。風を感じられて良いのでは?良い建築とは、空間のボリュームと光。床や家具は工事現場の足場板を使っている。U2のボノが観たいと事務所にやってきた。ボノ美術館が進行中。
 水の教会(1988年)。湖に開いた教会。縁側の教会を作りたい。
 六甲の集合住宅(I期、1983年)。斜面住宅への興味。コルビュジェの斜面住宅のスケッチ(1949年)、その実現といえるアトリエ5のハーレンの集合住宅(1959-61年)。平坦な土地に分譲住宅を建てたいという相談を受け、その背後の斜面(活断層あり)の計画ならやりましょうと返答。ほとんどが地下に埋まるので建蔽率は0%もありかと考えて、役所におこられた。若いことは良いこと、失敗しても良い。コルビュジェもラ・ショード・フォンからパリへと出てきて、悪戦苦闘しつつ、考えを貫き通した。自分の考えを貫けば、光が見えてくる。あまりの急斜面に、雨の日は崩れるかもしれないので敷地に行くなと所員に指示。II期(1993年)、隣の土地の地主から、うちでも出来ないかと相談。16層を階段で上がる計画を提案、それでは売れないといわれ、斜行エレベーターを設置。雛壇の眺望の良い場所に公共スペースを設置。III期(1999年)、神戸製鋼の寮がある土地に勝手に提案。断られるも、1995年の阪神大震災を機に相手方から依頼がくる。考え方を作り、書いておくことは大切。いつチャンスが来るか分からない。IV期、病院の建て替えと集合住宅。これまでの実績を踏まえての依頼かと思ったら、別の理由もあった。前に進めていかないと、話は進まない。
 直島。1988年に美術館にしたいと相談を受けた。亜硫酸ガスと石切場で荒れたはげ山。美術館とホテルを計画。1,000円募金を200万人集めて、はげ山を緑にしようと発案。自然を壊すことも出来る、作ることも出来る。草間弥生のオブジェ。カボチャに見えるというと、おこられた。元気の源は好奇心。古家を改修してアートの場に。運営側が色々と考える。
 オリンピック。設計者に選ばれたことが発表されたときはベニスにいた。話を聞いていなかった。東京都市圏は世界唯一の3,000万人規模。そこを魅力的にすることが、これからの人口増加、環境破壊を考える上で役に立つ。「風の道」、「緑の回廊」、「海の森」を提案。1,000円募金を100万人集めたい。9年経てば、宇宙から見える規模の森になる。人間が壊したものを作る。東京都の全小学校の校庭の芝生化を提案。メンテが大変だが、芝生ならば子供達も駆け回るだろう。電柱を地中に埋めて、地上緑化を提案。屋上庭園、壁面緑化、民間も緑化。
 東急渋谷駅と上野毛駅を設計。渋谷駅の地下30mのホームに自然の光と風を採り入れる。来年6月完成。東急沿線の斜面を緑化。1965年のヨーロッパ旅行の洋上で水平線を見た。地球は一つ。一人ずつが手を差し伸べれば、生き延びられる?現状は絶望的。
 4mx4mの家。4階にロビー、明石大橋と淡路島を一望。これくらいの規模であれば、誰にでも機会がある。チャンスは自分で掴むもの、自分で組み立てられなければいけない。
 建築は自分で可能性を作り、潰していく。コルビュジェは晩年にロンシャンの教会を手がけた。エネルギーを蓄え、常に考え続けることが大切。人生を面白くするのは自分、仕事を面白くするのも自分。考える人が多く要る。コルビュジェはアトリエで多くの後進者を育てた。思いの強い人は最後までいく。

□質疑
Q:これからの目標、ご自分の長所、短所は?
A:地球の役に立ちたい、地球は一つ。色々なことに興味を持って、精一杯やっている。
Q:死後完成したコルビュジェの教会、工事が進むガウディの教会。死んでも建ち続けて欲しい建築はありますか?
A:瀬戸内海の森、海の森、電柱の地中化。ガウディは積石造を前提にその限界に挑戦したが、現在は鉄筋コンクリート造で作っている。ガウディの思いは、コンセプトはなくなるのか?つらいのでは?サン・ピエール教会もコルビュジェでありながら、コルビュジェでない。難しいなあ。
 初めにコルビュジェの本を買い、ヨーロッパを旅行した。フランク・ロイド・ライトの帝国ホテルを見に行った。山邑邸も見に行った。写真とはずいぶんと違う。作りながら考えているので、ディテールに膨らみがある。現代では難しい。コルビュジェは400-500年に一人の人。その前はミケランジェロ。

 安藤さんの講演を聞くのは10年ぶりくらい。以前と比べると、ドローイングや模型はとても少なくなり、地球規模の環境論が主論になりました。建築の抱える抽象性と具象性といった困難な課題をあっさりと述べ、緻密に描き込んだドローイングと模型、美しい写真を映しつつ、河内弁の軽口で観客の心を掴む話術は驚くほど魅力的。明快で力強いテーマを繰り返し話されるので、その意図するところも非常に明快です。そのスケール、行動力に圧倒されました。

 講演会の前に、東京シティビューとコルビュジェ展会場を一周して講演会場へ。気がつけば、一番リピート率の高い場所になりました。ソフトの大切さを実感します。
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2007年07月03日

●藤森建築と路上観察

 東京オペラシティ アートギャラリーで開催された「藤森建築と路上観察」を観ました。手作り感覚で生命感漲る建物の数々を手がける藤森照信さんの「第10回 ヴェネチア・ビエンナーレ建築展帰国展」。建築を捉える視点がユニークで面白いです。

 展示の冒頭は左官仕上げのサンプルが並びます。そして縄文建築団が使う道具の数々。身体感覚の前に触感に訴えてきます。そしてとても楽しげ。
 靴を脱ぎ、焼杉の塀に金箔で縁取ったにじり口を潜ってホールへ。竹で組み、縄で覆われたシアターで腰を降ろし、路上観察団の映像をじっくりと観ます。ゴザで胡坐をかいて観るのが落ち着きます。人の出入りの度にユラユラと揺れる骨組、縄の間から漏れる照明、時々上がる笑い声が良い感じ。塀の裏手に広がるシアターでは、高過庵の製作記の映像が流れています。こちらでもゴザの上に腰を降ろし、じっくりと観ます。パネル展示や模型もありますが、断然こちらの方が面白いです。触覚、身体感覚に訴える藤森ワールドを満喫しました。

 展覧会もあと一日。なかなかの人の入りで、藤森さん大人気。
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 こちらは銀座メゾンエルメスで開催された「メゾン四畳半」藤森照信展。三つの四畳半はそれぞれ居心地良かったですが、撮影OKだったのはなぜかアコヤ貝の貝殻を埋め込んだ大きな貝。この中に立って、ヴィーナスの微笑よろしく記念撮影をどうぞという仕掛け。ギャラリーのお姉さんが写真を撮りましょうかと薦めてくれましたが、固辞しました。そのおやじギャグには染まりきれませんでした。
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2007年07月02日

●ル・コルビュジェ展 建築とアート、その創造の軌跡

 森美術館で開催中の「ル・コルビュジェ展 建築とアート、その創造の軌跡」を観ました。生誕120周年、サン・ピエール教会の完成、作品の数々の世界遺産登録への動き。時宜を得て、彼の建築と絵画・彫刻を同列に並べてその本質に迫ろうという試みです。

 セクション1:「アートを生きる」。コルビュジェの絵画・彫刻を並べ、その奥にパリのアトリエの再現模型が現れます。「暖炉」に見られる「白い箱」から、「白い時代」の住宅シリーズへとつなげる構成。理屈は分かっても、直感的に理解するのはちょっと難しい。再現模型は良く出来ていて、特にアトリエ後方の机周りが良いです。この空間スケールが、コルビュジェの好んだ身体感覚かと追体験に浸れます。ガラスブロック越しに射す自然光の再現もなかなか。アトリエに並ぶ絵画がガラス越しで、雰囲気を削がれるのが残念。
 セクション2:「住むための機械」。シャルロット・ペリアンの参加と共に始まるコルビュジェの黄金期。家具、自動車、住宅。オリジナルのドローイングと模型による展示で、20世紀建築の巨匠「ル・コルビュジェ」の世界を満喫。私の経験と知識が増えたせいか、学生の頃よりも今見る方がずっと魅力的に思えます。
 セクション4(?)の一角にある映像コーナー。「暖炉」から「白い住宅」へと変形し、テーマ毎に内部を見せてゆく構成と、再現CGの素晴らしい映像。それをコルビュジェデザインの椅子コレクションに腰掛けて楽しむ仕掛け。今回はLC2に座ったので、次回はLC4に座ってみよう。
 セクション5:「集まって住む」。ユニテ・ダビタシオンの住戸の再現模型。やはり実寸で空間を体験できることは、とてもありがたいです。いつか実体験をしたい。
 セクション8:「空間の奇跡」。フェルミニのサン・ピエール教会が目新しい。
 セクション9:「多様な世界へ」。カーペンターセンターと西洋美術館は行ったけれども、インドは未訪。とりあえず西美のパルマ展に行こう。
 セクション10:「海の回帰へ」。カップマルタンの小屋の再現模型。これも良い出来。小さいながらとても豊かな空間。壁としての絵画。海を映し込む、鏡貼りの窓。一度の数名しか入れないので行列ができ、ゆっくりと出来ないのが残念。

 再現模型と、ドローイングと模型による建築展として、充実した内容だと思います。絵画・彫刻と建築という点では、その相互関係を直感的に捉えることができず、2つの展示が分断されつつ展示されている印象を受けました。レクチャーシリーズを計4回聴く予定なので、時間をかけて理解しようと思います。

 東京シティビューから見下ろすテレビ朝日。空から見ても端正な顔つき。設計は今回のレクチャーに出演される槇文彦さん。
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2007年07月01日

●「ル・コルビュジェと私」 第1回 「ル・コルビュジェについて語る」

 森美術館で開催中の「ル・コルビュジェ展」。そのパブリックプログラムの一環であるレクチャーシリーズ、「ル・コルビュジェと私」の第1回「ル・コルビュジェについて語る」の聴講メモです。出演は槇文彦さんと富永譲さん。

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 槇さん:インドに旅行した際にアーメダバードを訪れた。ホテルの窓から、水牛が昼寝している向こうにコンクリートのブリーズソレイユが見えた。シャンディガールのアトリエで、コルビュジェと会う機会を得た。当時設計中だった豊田講堂の設計図を持ち歩いていたので見てもらった。柱をつなげているのが気に食わない様子だったが、彼もスイス学生会館ではつなげている。
 コルビュジェにまつわる伝説は多いが、素朴な人という印象。その一方で「人生は残酷」という言葉も残している。
 コルビュジェは1920-30年代に英雄になり、世界大戦期は不遇の時期を過ごすが、ロンシャンで再び英雄になった。人生で2度英雄になることは凄いことだが、常に満たされないところがあり、それをエンジョイしているように思える。

 富永さん:独立して仕事がなかった時期に、コルビュジェの作品集を読んだ。毎日見ていても飽きない。編集が上手い。汲み尽くせない魅力を感じ、彼の作品の模型を作った。結局12個作った。
 白の時代の住宅はピュアに見えるが、グロピウスとは根本的に何がが違う。
 リチャード・マイヤーらFive Architects は、コルビュジェの白の時代のボキャブラリーを用いて、ゲーム感覚でデザインした。
 ロンシャンの教会の創作過程を、スケッチを順番を並べて推理した。抽象的でユニバーサルではない。風景の音響学、大地の空間にどう働きかけるか。1950年のスケッチに見られる広い空間の捉え方は、1911年のパルテノン神殿のスケッチの頃に戻っているのでは。ラ・トゥーレット修道院は大地に突き刺さる感じ。

 槇さん:日本人は「自然」、ヨーロッパ人は「大地」という言葉を使う。ある荒々しい何かに、手を加えて作っている。シャンディガールの建築は、土地をくりぬいて作る感覚。人間と対峙する。ラ・トゥーレットは極限の個人の生活の場。コミューンの理想形?
 サン・ピエール教会のそそり立つ祭壇は感動的。壁に穿たれた開口のアイデアは後付けかもしれないが、とても良い。
 白の時代の住宅の展開と三つの教会は、コルビュジェを良く表している。前者は金持ちの住宅。フランス人は仕事を頼まず、依頼主はアメリカ人とスイス人。後者はドミニコ派の前衛的な司教の依頼。パトロンは大切。教会の三部作は、不定形、直角、垂直がそれぞれのテーマ。

 対談:カップマルタンの小屋。今回の展示の原寸模型は凄く良く出来ている。奥さんへの誕生日プレゼント。内装はベニヤの丸太小屋。白の時代の水平窓と対比的。世界が自分の中に入ってくる。
 母の家。ラ・ロッシュ邸と同時期(1923年頃)。長手11m、奥行4m。ベッドルームの裏手にトイレ、キッチン、ユーティリティがあり、生活しやすい。親に対する愛情が感じられる。設計図を持って、場所を探して作った。70m2ながら広々としており、風景が飛び込んでくる感じがする。ミースの空間に近い。建具に朝陽の通る丸孔を開けたりして、白の時代の住宅とは違った意識で作られている。30年後(ロンシャンの教会を手がけている頃)にこの家が如何に大切かを綴った「小さな家」を出版。
 ラ・ロッシュ=ジャンヌレ邸。白の時代の出世作。ナポリの街区スケッチを思い起こさせる曲面の壁。思ったより広がりがなく、ギュッと締めてまた広げる感じ。建築的プロムナード。
 エスプリ・ヌーボー誌。オザンファンと共同ではじめるも、徐々に排除。コルビュジェの作品ばかりに。
 ポンペイのスケッチ。古いモノと合体して、新しいモノが生まれてくる。
 窓。前期は主体が外を見る。後期は主体に浸透してくる。外を取り込んでいる。
 コルビュジェとミース。コルビュジェはビスタの展開、身体性。ミースは絶対的な空間、ある意味バロックに通じる。
 ロンシャンの教会。中にいる主体に対して、入りこんでくる。色を使うのは、ステンドグラスの変形。歴史の根本に働きかけながら、今の形に変形していく。アルジェリアの村、カニの甲羅。1911年「東方への旅」に出てくるヴィラ・ドリアーナの採光窓から、教会の採光窓へ。自分の目で見たものを参照、表出して世界が広がってゆく。

 槇さん:(ギリシャ、イドラの写真を映しつつ)モノクローロ=シンプル+スペース。レゴを重ねることでできる。住居の一角を切り取って外部を作る=コートハウス。白の時代の原型、ドミノ。空間を如何につなげるか。モノル、白の時代にも現れる。エスプリヌーボー館から300万人都市へ。コートハウスの集積を作り出した背後には、ヴァナキュラーなモノがあったかもしれない。コルビュジェの抱いた文化形態に近いものが、普遍性を掴みだし、現代(高層住宅)まで拡大したのではないか。
 1911年の旅行記。人間の普遍性をスケッチして掘り起こしていく。普遍的なものを見ながら、現代化していった。
 和辻哲郎「風土」。時間をかけて旅をした。
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 気心の知れたお二人による、尽きぬコルビュジェ談義。とても充実したひとときでした。

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2007年03月23日

●上野の杜 韻松亭

 ダ・ヴィンチ展の後は、「上野の杜 韻松亭」へ。公園の桜を借景に花見弁当を楽しもうという計画は、桜の開花が間に合わず少し残念な結果に。でも、季節物はそんなもの。晴天の下、白木蓮と蕾膨らむ桜を見ながら、花見弁当を美味しくいただきました。値段は少々高めですが、3段重ねの重箱に細やかに詰められた料理は、花の季節に相応しい華やかさでした。

 打ち水をした玄関。公園の喧騒に面しつつ、世界を切り替える仕掛け。
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 玄関奥の建具を外して坪庭を見せる、内外連続の演出。板戸の絵が効いてます。実際には庭の上部にガラスが入っています。
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 テーブル席から望む公園。左手にバルコニー、右手に白木蓮、さらに横に桜の木が広がります。これからの季節は絶景でしょう。
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 内装は石積み風タイルの壁、床暖房を仕込んだフローリング床、古材をアクセントに用いた天井で構成され、濃い目の色味で落ち着いた空間に仕上がっています。ウォルナットっぽい無垢材を接いだテーブル、革張りの椅子も馴染んでいます。
 ハリボテを交えつつも、桜の頃はさぞやと思わせる景色の切り取り方といい、とても効果的に和の空間に仕上げています。食事中に二度ほど、「京都に行こう」という会話が聞こえましたが、この空間が和の感性を刺激せずにはおかないのでしょう。今回はテーブル席でしたが、座敷もありました。

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2007年02月25日

●国立新美術館

 晴天に恵まれた週末、国立新美術館に足を伸ばしました。日本で五つ目の国立美術館として、華々しくオープンした建物。連日メディアを賑わす設計者の方。とても旬なスポットです。

 巨大な吹抜空間。スケール的には東京国際フォーラムに匹敵しそうなバブリーな空間。波打つファサード越しに射す光が、逆円錐形の壁面に落とす影が美しい。光熱費が凄まじくかかりそう。
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 行きかう人々、カフェで寛ぐ一時。建築としては非常に大味に思えますが、新しい街路が出来たと思えばなかなか。夜間開館がないのが残念。
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 波打つガラスファサードに嵌め込まれた、円錐形の風除室。ダイナミックな造形は、子供の頃によく行った万博記念公園を思い出します。
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2006年11月12日

●伊東豊雄 建築|新しいリアル

 東京オペラシティアートギャラリーで開催中の「伊東豊雄 建築|新しいリアル」展を鑑賞しました。いや、体験しましたの方が正しいか。「せんだいメディアテーク」から最新作までの9作品を紹介する企画展示です。

 原寸で再現されたうねる屋根を歩きつつ、原寸に拡大された図面を眺め、所々に設置された模型やCGを眺める。構想の魅力に知覚を刺激され、実現への過程を辿り、実際の空間を身体で以って体験する会場構成はとても巧みです。歩き回るだけでけっこう楽しい。伊東豊雄建築設計事務所35年間の活動の軌跡を当時の雑誌やインタビューで振り返るコーナーも、アイデアがぎゅうぎゅうに詰まっていて見応えあります。良く出来すぎていて、回顧展かと錯覚してしまうくらい。

 ただ、「物質(もの)と人間の関係を問い直す=新しいリアル」という概念は今一つピンときません。立体グリッドやうねる屋根といった大胆な構想が実現することに興奮を覚える一方で、素材感はむしろ希薄に思えます。実際はどんな感じなのでしょうか。とても興味が湧きます。

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2006年11月11日

●ポストバブルの建築シーン

 シンポジウム「ポストバブルの建築シーン」を聴講しました。分野の異なる5人の専門家が、関連性を持たせたテーマ設定の下、バブル後の建築シーンをパラレルに語る試みです。捉えどころのないメインテーマを「パラレル」と開き直ることで、とても面白い内容になっていました。全体のレポートはこちらを御覧下さい。(お誘いいただきありがとうございました。)

 中でも面白かったのが、ヨコミゾマコトさんと藤森照信さんの話。理路整然とした筋立てにサイドエピソードを交えつつ淡々と話すヨコミゾさんと、ただ一人ホワイトボードを使って本当に楽しそうに説明する藤森さん。どちらも分かりやすく面白い。
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 ヨコミゾさんの話は、バブル期の好況時に斜に構えているうちに梯子を外されるところから始まり、指南書としての伊東豊雄「消費の海に浸らずして新しい建築はない」の存在、そして狭小住宅へと向かう流れを軽く既観して、「境界のあり方」の話へ。
 外を塀で囲み内側は緩やかに仕切る形式から、タワーマンションの増加に伴い、外は緩やかに作って内側を硬く固める形式へと変化。そんな時代の中で、建築家は周辺へと触手を伸ばす形式を試みている。例えば隣の庭の借景を楽しむとか。実例3題の紹介。紙を押すとクニャッと曲がるが、丸めた紙は強くなる。そんなつくりを繋げるように作った。狭小の場合、通常のラーメン(柱梁)構造だと住むスペースがなくなるが、鉄板で薄く包む構造だと内部が広くなる。採光に恵まれない敷地で3階建の集合住宅の計画。1階に住むイメージが湧かないので、水平に3分割でなく垂直に3分割の計画とした。屋根はテント貼り。東京ドームで使われている膜の強化版を使用。
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 藤森さんの話は、評価の高い若手建築家の住宅プランの紹介から。中心に小さくホールを設け、全周に諸室を配置する藤本壮介さんのTハウス。一見、荒唐無稽、実は究極の廊下なしプラン。居間、縁側、風呂、トイレといった諸機能を分棟化した西沢立衛さんの森山邸。昔コンペの審査で「分離派」と呼んでいたユニークな考え方(けれども入選には至らない)が現実に出現した。プランが「変」になっている。しかも施主が喜んでいる。住宅が原始化している?
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 不思議なプランと、はっきりとしない外観。その元を辿ると伊東豊雄さんの「せんだいメディアテーク」に行き着く。特徴的な「網の目構造チューブ」の中は、実は外ではないか。中を包むことで外と隔てていた壁が、ここでは反転している。内部の延長としての外部が出現した結果、境界は曖昧に。伊東建築の外観がガラスの箱なのは、境界を捉えきれないため止むを得ず。
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 とても親近感を感じる視点の設定と、要所要所での切れ味鋭い展開がバランス良くて、とても興味深かったです。

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2006年10月20日

●フライ・オットー 建築を語る

 昨日鹿島KIビルで開催された講演会「フライ・オットー 建築を語る」を聞きました。高松宮殿下記念世界文化賞の2006年建築部門を受賞されたドイツの建築家「フライ・オットー」さんと、紙の建築等で有名な建築家「坂茂」さん、構造家であり東大教授でもある「川口健一」さんの三者による鼎談形式の受賞記念講演会です。

 話はオットーさんの協働者として大切な2人、テッド・ハッブル(ホッパー?)さんとそのアシスタントを務めたピーター・ライスさんの名前を挙げるところから始まります。そして丹下健三さんとの出会いとクウェート・スポーツ・シティコンペでの協働作業の紹介へと続きます。ゆっくりと、そして尽きぬ泉のように話し続けるオットーさんと、興味深い点を指摘し掘り下げを図る坂さん、ポイントを踏まえつつ適度に話を切り上げて次のテーマへと誘導する川口さんという感じで進行していきます。シュトゥットガルト大学軽量構造研究所の紹介では、科学と生物の二方向の研究アプローチのユニークさを紹介し、さらに構造形式を検討する上での模型の重要性を説きます。そして坂さんと協働されたハノーヴァ万博日本館の紹介。紙管による折れ曲がり屋根の困難を、オットーさんの発案によるユニークな接合パーツの考案で克服するエピソードが披露されます。最後に最新作としてコンクリートシェル構造の大屋根と、二週間前に行ったばかりという地下空間に関する実験を紹介して終了です。オットーさんの深い哲学と想像力に触れる、2時間オーバーの熱演でした。

 丹下さんとのエピソードのところで代々木体育館(国立屋内総合競技場)が映っていたのですが、私が建築学科に入学して最初にスケッチしたことを覚えています。当時既に近代建築の名作と紹介されていましたが、その計画時から現役の方が今も第一線で活躍されていることはすごいことです。坂さんを始めとする様々な方とのコラボレーションを通して、時代のエッセンスを吸収し続けているところに秘訣があるのではないでしょうか。人とのつながりのエピソードに重きを置く構成から、そんなことを思いました。
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2006年04月18日

●その時代の未来

 建築には「その時代の未来」を体現する巨大なハードウェアという側面があります。30年の時間差を経て対峙する「中銀カプセルタワービル」と「電通本社ビル」の眺めは色々と興味深いです。

 双方とも時代を代表する名建築ですが、その思想は大きく異なります。大地を空へと拡張し、新陳代謝をも具現化しようとする前者と、膨大なボリュームをスマートに消去する後者。そこには成長期から成熟期へと急速に移行する時流が反映されています。

 驚くべきは、前者が既に時代のイコンのような存在になっていること。人間だったらようやく仕事を覚えて、さあこれからというあたり。えっ、建物の寿命ってそんなに短いの?と改めて思います。
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