2017年05月02日
●特別展覧会 海北友松@京都国立博物館
京都国立博物館で開催中の特別展「海北友松」を観ました。
60歳代から頭角を現し、宮家、天皇にも認められた絵師。その生涯を、狩野派時代の作品や海北家伝来資料から若き日を探り、活躍期の絵画へと通観することで、浮かび上がらせる。京博にしかできないであろう、永徳以降の桃山絵画史に新たな一ページを加える展覧会。
第一章 絵師・友松の始まり、第ニ章 交流の軌跡
狩野派時代の絵画に見られる友松の特徴、海北家伝来図書から浮かび上がる交友関係と気質。限られた資料から専門家が若き日の友松像を提示する。孫が書いた履歴って、当然誇張があるんだろうなあ…
第三章 飛躍の一歩、第四章 友松の晴れ舞台
支援者幽斎のつてで建仁寺塔頭の襖絵、屏風を手がけ、友松へと覚醒。それが評価されて大方丈障壁画《雲龍図》へ。薄暗い日本家屋に浮かぶ龍は、さぞ恐ろしかっただろう。スロースタートな展示も、いよいよエンジン全開。
第五章 友松人気の高まり、第六章 八条宮智仁親王との出会い
《野馬図屏風》。見事な袋馬描写。
《扇面貼付屏風》。金地の浜に打つ波、詩的に舞う扇。
クライアントの求めに応じて、墨から金碧に。友松世界が加速する。
第七章 横溢する個性、第八章 画龍の名手・友松
《花卉図屏風》。右隻に牡丹、左隻に春の花。金地に写実的な花が舞う画面は華やかで美しい。
そして暗闇に浮かぶ《雲龍図屏風》。待ってました、これぞ桃山絵画、これぞ友松!
第九章 墨技を楽しむ、第十章 豊かな詩情
墨技で一息入れて、《月下渓流図屏風》。展示室奥面に二隻並べる置き方は、松林図屏風を思わせる。たっぷりの余白、霧に浮かぶ景色、ところどころの彩色。その詩情溢れる情景に見惚れる。友松物語の美しいエンディング。
展示も建物も素晴しいですが、両者のマッチングは今ひとつ。
平成知新館は平常展示用の施設として計画されたので、その三方ガラスの展示室は、襖絵・屏風絵を展示するのにピッタリな大きさで、とても映えます。階段や通路から透ける眺めも、様々な角度から絵を観られて素晴らしいです。
残り一方は通路に開いているので、全体のまとまりが大切な特別展示では、集中力を削ぐように感じられます。こちらは布スクリーンを垂らす等して、展示室と通路との分節を図った方が良いのではと思いました。1階では特別展の動線が仏像展示で分断されるので、クライマックスを前に一度、集中力がリセットされます。
特別展示に使われていた明治古都館は、改修工事に向けた埋蔵文化財調査のため、2015年6月から閉館中です。再開時期が気になります。
最後の東博パスポートの特別展欄が埋まりました。今までありがとう。
●法隆寺西院、東院、大宝蔵院、中宮寺
奈良で一泊した翌朝。こちらで「国宝救世観音菩薩立像 特別公開」期間中であることを知り、法隆寺へ向かいます。
西院金堂、五重塔。20年ぶりくらいに金堂の中を観て、その保存状態の良さにビックリ。今回はパピリオⅡ持参なので、細部までくっきり。奈良博の金堂展でも観ているけれど、やはり元の場所で観るほうが断然いい。壁画が焼けたのは本当に残念。
ノコギリのない時代に、大木を割って、斫って、削って材を揃え、建てた。その建物が今も建っているのは、もう奇跡としか言いようがありません。確かに、木肌が小さく波打ってる気がします。
先日、竹中大工道具館で学んだ知識を基に眺めると、金堂と五重塔の素晴らしさに改めて感動。
東院夢殿。救世観音像を初めて観ました。聖徳太子の等身と伝わるその姿は、金色の姿に、髭を生やしたおじさん顔。長らく秘仏として観ること叶わなかった時代を経て、こうして観られてとても嬉しいです。
大宝蔵院。あまりに多くの飛鳥、奈良時代の金銅仏、塑像仏、木造仏、様々な工芸品(それもとても状態のいいモノ)が並ぶので、現世と過去のバランスがなんかおかしい。百済観音の細身のプロポーションは確かに魅力的だけれども、それ以上に時間が捻じ曲がったような雰囲気にビックリしました。
中宮寺本堂。菩薩半跏像。当初は彩色され、装身具があったとは知りませんでした。黒塗りの仏様だと思っていました。天寿国曼荼羅繍帳。オリジナルの絹糸の寿命が尽きかけているという解説に、経た時間の長さを思います。
思った以上に長居をしてしまいました。次は京都へ向かいます。時代は飛鳥から桃山へ。