2008年10月11日

●北斎展記念講演会 小林忠「私の好きな北斎」@板橋区立美術館

 板橋区立美術館で開催中の「北斎DNAのゆくえ」。その関連イベント北斎展記念講演会の第三回目「私の好きな北斎 -肉筆画を中心に-」を聴きました。講師は学習院大学教授であり千葉市美術館館長でもある小林忠さん。定員100名の会場に丸椅子を多数追加し、さらに立見まででる大盛況。130名くらい入ったのではないでしょうか。小林先生が理事を勤めておられる国際浮世絵学会の研究会を兼ね、学習院大学からも教え子の方たちが来られているとのことで、半ば小林先生を囲む会と化しておりました。

 安村館長の軽い挨拶の後に、小林先生登場。
 日本で最も有名な画家といえば「北斎」。「赤富士」は特に有名。北斎は1760年生まれ。2010年に生誕250年紀を迎える。1年遅れの1761年には酒井抱一が生まれている。2011年に千葉市美術館で「酒井抱一と江戸琳派展」を開催します。北斎漫画は名古屋で出版された(小林先生は一時期名古屋大学で教えられたそうです)。
 北斎の生まれは葛飾郡本所割下水、割下水というのは道の真ん中に下水溝があるという意味。江戸東京博物館のすぐ近く。葛飾の(田舎者の)北斎という意味。「己(おのれ)六歳より物の形状(かたち)を写(うつす)の癖(くせ)あり」。1794年に勝川春章に入門。100回を目標に引越しを繰り返し、93回引っ越した。
 誰にでも絵を教え、啓蒙という結果にもつながった。元祖マンガ家だった。「己痴群夢多宇画尽(おのがばかむらむだじえづくし)」。教師でもあった。老いて増々盛ん。臨終の床で「天我をして五年の命を保たしめば、真正の画工となるを得べし」。88歳頃から手が震えるようになり、細い線が引けなくなる。短い線を慎重に繋いで描いている。

 以降スライドを写しながら解説。口のすべりも絶好調。
 葛飾北斎伝の裏表紙に載っている肖像画。弟子が描いたもので耳、鼻が立派。「八十三歳自画像」。本人が描くとだいぶ違う。
 「冨嶽三十六景・凱風快晴」。赤富士。売れに売れた。版木が消耗して、最後は輪郭線がなくなった。浮世絵師は稀代のデザイナー。山の中腹の板目は版木が写ったもの。これがあるものが古い証。
 歌川広重「東海道五十三次・庄野白雨」。北斎と広重は37歳離れているが、交友関係があった。
 「冨嶽三十六景・神奈川沖浪裏」。こちらは赤富士以上に有名かも。
 歌川広重「東海道五十三次・蒲原夜之雪」。「対決展」で「北斎vs広重」をどうして出さないのかと言われたが、私が抑えた。13の対決に浮世絵から二つ出るのはおこがましい。年中観られるし。
 広重は北斎を「画面構成、デフォルメが面白い」と評し、「私の絵はシーンを写している」と写生の大切さを説いている。しかし海外の研究者には、広重は写生っぽく描くのが上手く、観察に基づいて描くのは北斎と評す人もいる。広重は文化的、北斎は理科的。
 ボストン美術館スポールディング・コレクションをデータ化するお手伝いをしているが、そのチェックの際に見つけたこと。歌川広重「桶作りの図」は「冨嶽三十六景・尾州不二見原」の人物と桶をそのまま写している。そこからは見えないはずの富士山も、北斎の例に倣って描いている。広重は正直に「葛飾翁の図にならいて」と書いている。そうとはいえ、背景の田圃を水辺に変えているあたりに意地が感じられる。
 「夜鷹図」(細見美術館)。宗理期初期の傑作。上手。
 「横たわる花魁図」(グリリ・コレクション)。対角線に分割された画面右下に花魁、左上に京伝の賛。宗理期の特徴である繊細で柔らかい描画。コレクターのピーター・グリンさんは、松坂をボストンに呼んだ人。ボストンの素晴らしいプロモーションフィルムを作って送った。
 「鏡面美人図」(ボストン美術館ビゲロー・コレクション)。ほおずきを咥えた美人画。
 「夏の朝」。男の着物を架けた裏で、髪を直す女。足元に金魚。日本にはこんな奥ゆかしい文化がありました。
 「酔余美人図」。氏家コレクション。こんな風に女性を酔わせてみたいものです。私はそんな世界知りませんが。
 「二美人図」。最高の美人画。花魁と地女?三つ葉葵の紋から将軍のために描かれたと分かる。内藤正人「浮世絵再発見」において、小林忠が最初に指摘したと書いてある。彼は師を敬う良き教え子。
 「大原女図」(ボストン美術館ビゲロー・コレクション)。北斎のチリチリ!
 肉筆画の工房制作。魚屋北渓「月に吠える虎」と北斎「雪中猛虎図」。北渓は北斎門下で一番上手い。北斎DNA90%。それでも北斎の肉感溢れる皮膚表現が、北渓画では表層の紋様に変化してしまっている。固いこと言わずに大らかに見て欲しい。葛飾応為「吉原格子先の図」。抜群に上手い。光と影の描写。
 「西瓜図」。画中に應需、北斗七星が描かれている。天皇のために描かれたと思われる。こちらも教え子の発見。

 「対決展」の「放談」では抑えた語り口でしたが、今回は非常に滑らかな口調で小林節全開。とても面白い講演会でした。

Posted by mizdesign at 2008年10月11日 23:27
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コメント

わたしが部屋に入って行った時には、広重の《桶作りの図》がスクリーンに映ってました。逃した始めの1時間の内容が良く分かりました。ありがとうございます。

Posted by とら at 2008年10月12日 07:36

とら様>
こんにちは。
対決展とは全く違うノリと内容で、とても楽しめる講演会でした。むしろこちらの方が「放談」でした。

Posted by mizdesign at 2008年10月15日 06:58
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