2005年06月11日

●富嶽三十六景、名所江戸百景

 昨日は打合せの合間を縫って、大田区立龍子記念館で開かれている「特別展葛飾北斎富嶽三十六景」と、太田記念美術館で開かれている「歌川広重のすべて 第三部: 名所江戸百景」を梯子しました。こちらで知り、あちらに先を越されつつもようやく鑑賞できました。
 浮世絵風景画の2大絵師の代表作を見比べるのは卒論の題材選びのとき以来なので、15年ぶりということになります。昔は構図にかちすぎる北斎、ぼかしと色彩で情感を湛える広重という印象でしたが今回はどうでしょうか。
 龍子記念館は展示方法に少々難がありました。照明を暗くするのは作品保護のためにやむをえないのですが、画の位置が低く、下を向いての傾きが大きいので、いちいち腰をかがめた上で視線を上に向けないと画を正面から鑑賞できません。これはかなり疲れます。画との距離もあるので、せっかくの実物の展示にも関わらず詳細を鑑賞することができません。とてももったいないです。水面に映る逆さ富士を見出す眼力や、神奈川沖浪裏や凱風快晴に代表される傑出した構成力は、貪欲な天才という言葉がピッタリだと思います。漫画の神様と称される手塚治虫さんも若手の才能に嫉妬する貪欲さで有名ですが、どこか似たものを感じます。添景を使いまわす北斎と、登場人物を使いまわす手塚さんの手法(スターシステムと呼ぶそうです)も同じ発想なのでしょうか。
 太田記念美術館は浮世絵専門を謳うだけあって、展示室の一部が畳敷きになっていたり、休憩どころに石灯篭があったりして館内の作りが凝っています。展示も、照明は暗くしつつも高さが適切かつ傾きも小さいので観やすいです。ガラス越しとはいえ距離も近く細部まで鑑賞できます。浮世絵の製作過程の解説もあり、版元、絵師、彫師、摺師の関係がよく分かります。入館料は龍子記念館の2倍ですが、それでもこちらの方がずっと良いです。展示内容は以前に行った企画展の使いまわしで、「名所江戸百景」を舞台となった地域毎にまとめ、大正時代と平成にほぼ同じ場所から撮った写真と並べて展示するというものでした。風景画の史料価値を掘り起こす興味深い試みなのですが、「名所江戸百景」自体が広重の頭の中で再構成された画であること(視点が空にあったり、色々な場面を一枚画に納めたりしています)と、平成の写真が平凡で比較素材となりえていない(シーズンオフの観光地の写真とか、100mほど歩くと富士山が見えるのに建物で画面を覆った写真とかを観ていると、もう少し時間と手間をかけて欲しいと思います)という点に少し疑問があります。でも比較して観ることで、首都高がいかに水辺景観を破壊したか、現代の街のスカイラインがいかに貧しいかが浮き彫りになります。一通り観た後、比較写真を観ることは止めて、浮世絵の美しさに専念して観ました。版画なのが信じられないほど細かい描画、職人芸と唸らされる霧に煙る表現、やや大味な画を交えつつも118パターン(二代目広重1枚、目録1枚で全120枚)もの連作を完成させた広重の力量は素晴らしいです。
 結局、鑑賞環境の差が大きかったので、北斎と広重の見比べという試みはあまり意味がありませんでした。9月に太田記念美術館で富嶽三十六景の展示があるので、機会があればそちらも観てみようと思いました。
 余談ですが、「東海道五十三次」には写真家林忠彦さんの「東海道」という、文字通り命を賭けて撮った写真集があります。広重の東海道五十三次(特に保栄堂版)と現代の東海道の対比は見ごたえ充分です。

 太田記念美術館の入館券です。広重展でも画は北斎。一枚画の完成度は北斎の方が上手でしょうか。
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Posted by mizdesign at 07:28 | Comments [7] | Trackbacks [1]