BAO/BABB. Session04 第16夜の感想
BAO/BABB.第16夜について、三枝くんと五十嵐の感想を書き込みます。
まずは、三枝くんから
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今回のテーマとなったインドの話を聞く前の私は、IT関連が伸びていて、これから
どんどん成長していく国というイメージがありました。
ですので、働く子供とあまり結びつきませんでした。ITが伸びているぐらいなの
で、子供の教育もしっかりしているだろうから働く子供はそんなにいないだろうと
思っていました。
それが話を聞くと、一億人以上の子供が働いていて、世界第一位だと聞いて驚きま
した。そして、話を聞いているうちに大変問題だと気づかされることがありました。
それは、教育の質の悪さです。
インドでは、識字率が男64%、女39%だそうです。この結果を基に実験をしまし
た。三人家族で子供が病気になりました。何とか薬を買うお金は集められましたが、
薬は三つあり一つは薬で、一つは水で、一つは毒で字が読めないのでどれが薬か判ら
ず、お店の人に聞いてもこの人たちはカースト制度の最下層の人たちなので本当の薬
がどれか教えてもらえません。あなたはどうしますか?という実験でした。
薬は砂糖水、毒は食塩水で実際にやり、とても具体的でわかりやすかったです。
この実験で、字を読めないことの怖さを知ることができました。
今回の勉強会でインドの現実を知り、教育を受けられる幸せを改めて感じることが
でき、良かったと思いました。
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以下は、五十嵐の感想です
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今回の木内さんの発表は、主に二つの点において評価出来るものだったと考えます。一点は、内容がよく整理されていたということ。こうした発表はともすれば、体験も理論的裏付けもどこかに行ってしまって、理想を語るだけのものになりがちです。それが、しっかりと体験をベースにしながらまとめられていました。おそらく伝えたいことや、体験してきたことの何分の一も話してはいないのだと思います。しっかりとまとめるために話したいことを絞ったということ。つまりは大切な体験の中のいくつかについて、あえて話さない勇気をもって論を構築したことが見事だと思います。
そしてもう一点。インドでの体験を話しながら、子供を不当な労働から教育に向かわせる活動の「明」と「暗」を伝えてくれたこと。それが良かったと思います。木内さん自身も疑問を持ちながら活動していることがよく分かったので、通り一遍の話しに陥らずにすんだのだと思います。
活動の持つ「暗」の部分をもっとも強く見せていたのは、薬についてのワークショップだと思います。あのワークショップをやってしまうところに(おそらくは子供たちに対して)、この活動の内在する危機が見えた気がします。
3つの壜があって、それぞれに液体が。その中の一つは「毒」、一つは「水」、一つは「薬」。それはラベルに文字で書かれています。しかし薬を欲しがっているのは文字を読む教育を受けていない人。その子供が病気なのです。一方薬屋は、そんな子供の一人くらいが死んでもいいと考えている。こういう設定です。
このことから、教育を受けることの必要性を説いていきます。しかし、このような教育に、何の意味があるのでしょうか? 教育とは本来、そういうものなのでしょうか? ここには教育=文明という、かつての宣教師時代の名残が見てとれるのです。文明が無いことを「未開」と呼んでさげすんでいた行為と、何ら変わらないわけです。レヴィ・ストロース以降、「未開」という発想が根拠のないものだということは分かって来たはずですし、どんなに貧しい(欧米から見て)国であっても、そこにはそこの文明があることは、現在では常識です。本来は、その土地の文明に対して尊厳をもって協力をするべきですが、あの薬のワークショップには、それがありませんでした。
今、私達の日本の教育の荒廃を考えれば、わかることです。本当に必要な教育とは「子供が一人くらい死んでもいいや」という考え方を許さないことを教えるべきなのです。それを忘れて、文字が読めるかどうかということ(つまりペーパー的知識)しか教えない日本の教育が、何を今もたらしているのか、ということ。
発展途上と言われる国々において、本当に必要な教育は「文字が読めること」なのでしょうか? そうすれば騙されないようになるのでしょうか? では、どうして文字も読めて世界的にも高い水準の日本人が、オレオレ詐欺や、振り込め詐欺にひっかかるのでしょう? 大切なことは、文字が読めれば騙されない、ではなく、騙してはいけないということの教育であるはずです。
そしておそらく、インドにかぎらず発展途上国といわれるく国にも、欧米の文明という波がそんなに強烈に届いていない状態においては、「人を騙してはいけないよ」という教育は何らかの形でなされていたのだろうと思われます。それらを欧米が壊してしまって、今になって欧米化の手伝いをしているというのが本当のところだろうと思います。
薬のワークショップは、あらかじめ欧米的な文明が優位であるという前提からはじまっているので、論理的な正当性の無い問いかけです。それを子供たちに見せることによって教育の必要をといていくというところに、「暗」の深さを感じました。
しかし、このことの本質は、活動の問題点であるよりも、インドという国の持つ問題点だといえるでしょう。
木内さんの話を聞きながら、ずっと日本の文明開化を想像していました。
明治維新の時に、日本は欧化政策をとりました。これは歴史の教科書に書いてあることです。しかしこの歴史というのは、国の歴史であり、日本人みんなの歴史ではありません。明治初等に、日本中の一体どれだけの人が政府の欧化政策を理解していたでしょうか? あるいは、ヨーロッパ文明についてどれだけ知っていたでしょうか。そんなことには関係なく政府はヨーロッパ化に向けて梶を切りました。そして今に伝えられる歴史は政府の歴史だけなのです。
きっと、文明開化の流れなどはまるでわからずに昔のままに暮らしたいと願っていた人たちは大勢いたのでしょう。しかしヨーロッパ化の波はそれを許しません。口だけでは好きなように暮らしていいんだと言っていたとしても、実は選択は少ないのです。たとえば私達人間はニューヨークやロンドンの街を、深夜でも歩く自由を持っています。でも、それは命懸けであり、けっきょくは歩ける時間帯は限られます。ヨーロッパ文明のもつ自由さは実は選択できない選択肢を多く含んだ自由です。ですから、文明開化の流れの中では、多くの人たちが自由なつもりでいて、一つの方向に流されていたのでしょう。
木内さんが話してくれたインドのような状況は、明治時代の日本にたくさんあったと思います。そして、心ある欧米人は、現在のNGOのように日本人を助けにきてくれたのでしょう。日本はその甲斐あってか、そしておそらくは太平洋戦争を経たことで、欧化政策については安定した状況までくることができました。
インドや多くの国々はその途中にあると考えます。さまざまな文明の衝突を考えたとき、発展途上の国々の欧米化はしかたないと考えますが、今日本が抱えているような問題を将来引き起こさないようにして欲しい気がします。
そのためには、先進国といわれる国々や、NGOの人たちが、本当に相手の国の文明に対して尊敬の念を持つことが大切だと思いました。そして教育の推進や開発の影で、本当に大切なものを奪ってしまっていないかを、常に考え続けること。
そんなことを、木内さんの発表から感じました。そして、このことは福祉に関わる自分にとっても大きな課題なのでしょう。自分自身の日々を見直す、よい話を聴くことができました。
まずは、三枝くんから
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今回のテーマとなったインドの話を聞く前の私は、IT関連が伸びていて、これから
どんどん成長していく国というイメージがありました。
ですので、働く子供とあまり結びつきませんでした。ITが伸びているぐらいなの
で、子供の教育もしっかりしているだろうから働く子供はそんなにいないだろうと
思っていました。
それが話を聞くと、一億人以上の子供が働いていて、世界第一位だと聞いて驚きま
した。そして、話を聞いているうちに大変問題だと気づかされることがありました。
それは、教育の質の悪さです。
インドでは、識字率が男64%、女39%だそうです。この結果を基に実験をしまし
た。三人家族で子供が病気になりました。何とか薬を買うお金は集められましたが、
薬は三つあり一つは薬で、一つは水で、一つは毒で字が読めないのでどれが薬か判ら
ず、お店の人に聞いてもこの人たちはカースト制度の最下層の人たちなので本当の薬
がどれか教えてもらえません。あなたはどうしますか?という実験でした。
薬は砂糖水、毒は食塩水で実際にやり、とても具体的でわかりやすかったです。
この実験で、字を読めないことの怖さを知ることができました。
今回の勉強会でインドの現実を知り、教育を受けられる幸せを改めて感じることが
でき、良かったと思いました。
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以下は、五十嵐の感想です
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今回の木内さんの発表は、主に二つの点において評価出来るものだったと考えます。一点は、内容がよく整理されていたということ。こうした発表はともすれば、体験も理論的裏付けもどこかに行ってしまって、理想を語るだけのものになりがちです。それが、しっかりと体験をベースにしながらまとめられていました。おそらく伝えたいことや、体験してきたことの何分の一も話してはいないのだと思います。しっかりとまとめるために話したいことを絞ったということ。つまりは大切な体験の中のいくつかについて、あえて話さない勇気をもって論を構築したことが見事だと思います。
そしてもう一点。インドでの体験を話しながら、子供を不当な労働から教育に向かわせる活動の「明」と「暗」を伝えてくれたこと。それが良かったと思います。木内さん自身も疑問を持ちながら活動していることがよく分かったので、通り一遍の話しに陥らずにすんだのだと思います。
活動の持つ「暗」の部分をもっとも強く見せていたのは、薬についてのワークショップだと思います。あのワークショップをやってしまうところに(おそらくは子供たちに対して)、この活動の内在する危機が見えた気がします。
3つの壜があって、それぞれに液体が。その中の一つは「毒」、一つは「水」、一つは「薬」。それはラベルに文字で書かれています。しかし薬を欲しがっているのは文字を読む教育を受けていない人。その子供が病気なのです。一方薬屋は、そんな子供の一人くらいが死んでもいいと考えている。こういう設定です。
このことから、教育を受けることの必要性を説いていきます。しかし、このような教育に、何の意味があるのでしょうか? 教育とは本来、そういうものなのでしょうか? ここには教育=文明という、かつての宣教師時代の名残が見てとれるのです。文明が無いことを「未開」と呼んでさげすんでいた行為と、何ら変わらないわけです。レヴィ・ストロース以降、「未開」という発想が根拠のないものだということは分かって来たはずですし、どんなに貧しい(欧米から見て)国であっても、そこにはそこの文明があることは、現在では常識です。本来は、その土地の文明に対して尊厳をもって協力をするべきですが、あの薬のワークショップには、それがありませんでした。
今、私達の日本の教育の荒廃を考えれば、わかることです。本当に必要な教育とは「子供が一人くらい死んでもいいや」という考え方を許さないことを教えるべきなのです。それを忘れて、文字が読めるかどうかということ(つまりペーパー的知識)しか教えない日本の教育が、何を今もたらしているのか、ということ。
発展途上と言われる国々において、本当に必要な教育は「文字が読めること」なのでしょうか? そうすれば騙されないようになるのでしょうか? では、どうして文字も読めて世界的にも高い水準の日本人が、オレオレ詐欺や、振り込め詐欺にひっかかるのでしょう? 大切なことは、文字が読めれば騙されない、ではなく、騙してはいけないということの教育であるはずです。
そしておそらく、インドにかぎらず発展途上国といわれるく国にも、欧米の文明という波がそんなに強烈に届いていない状態においては、「人を騙してはいけないよ」という教育は何らかの形でなされていたのだろうと思われます。それらを欧米が壊してしまって、今になって欧米化の手伝いをしているというのが本当のところだろうと思います。
薬のワークショップは、あらかじめ欧米的な文明が優位であるという前提からはじまっているので、論理的な正当性の無い問いかけです。それを子供たちに見せることによって教育の必要をといていくというところに、「暗」の深さを感じました。
しかし、このことの本質は、活動の問題点であるよりも、インドという国の持つ問題点だといえるでしょう。
木内さんの話を聞きながら、ずっと日本の文明開化を想像していました。
明治維新の時に、日本は欧化政策をとりました。これは歴史の教科書に書いてあることです。しかしこの歴史というのは、国の歴史であり、日本人みんなの歴史ではありません。明治初等に、日本中の一体どれだけの人が政府の欧化政策を理解していたでしょうか? あるいは、ヨーロッパ文明についてどれだけ知っていたでしょうか。そんなことには関係なく政府はヨーロッパ化に向けて梶を切りました。そして今に伝えられる歴史は政府の歴史だけなのです。
きっと、文明開化の流れなどはまるでわからずに昔のままに暮らしたいと願っていた人たちは大勢いたのでしょう。しかしヨーロッパ化の波はそれを許しません。口だけでは好きなように暮らしていいんだと言っていたとしても、実は選択は少ないのです。たとえば私達人間はニューヨークやロンドンの街を、深夜でも歩く自由を持っています。でも、それは命懸けであり、けっきょくは歩ける時間帯は限られます。ヨーロッパ文明のもつ自由さは実は選択できない選択肢を多く含んだ自由です。ですから、文明開化の流れの中では、多くの人たちが自由なつもりでいて、一つの方向に流されていたのでしょう。
木内さんが話してくれたインドのような状況は、明治時代の日本にたくさんあったと思います。そして、心ある欧米人は、現在のNGOのように日本人を助けにきてくれたのでしょう。日本はその甲斐あってか、そしておそらくは太平洋戦争を経たことで、欧化政策については安定した状況までくることができました。
インドや多くの国々はその途中にあると考えます。さまざまな文明の衝突を考えたとき、発展途上の国々の欧米化はしかたないと考えますが、今日本が抱えているような問題を将来引き起こさないようにして欲しい気がします。
そのためには、先進国といわれる国々や、NGOの人たちが、本当に相手の国の文明に対して尊敬の念を持つことが大切だと思いました。そして教育の推進や開発の影で、本当に大切なものを奪ってしまっていないかを、常に考え続けること。
そんなことを、木内さんの発表から感じました。そして、このことは福祉に関わる自分にとっても大きな課題なのでしょう。自分自身の日々を見直す、よい話を聴くことができました。
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