BAO/BABB. 第9夜の感想です
2月17日に特別編として行われた、小野寺厚子さんの回について、五十嵐が感想を書かせていただきます。
まず、今回特徴的だったことは、修士論文のテーマでの話だったということです。
福祉をテーマとして考えるとき、切り口は大きく二つあります。一つは「社会」から見ていく考え方です。これは社会学的な考え方で、現在の日本でいうところの福祉は、ほぼこれ一色です。そしてもう一つの切り口は「人(あるいは個別な○○くん)」から見ていく考え方です。これは哲学的、あるいは芸術(文学を含む)的な視点です。たとえばフランスでミシェル・フーコーやガタリが取り組んだ実践は、この視点からのものです。具体的には障害を持つ本人が「僕はこう暮らしたい」とか、その家族が「こんなふうに暮らしてほしい」とか、哲学者が「人間として、こう暮らすべきだ」というようなものです。これは社会的には出てきづらいですが、日本の国の人の営みのレベルにはしっかりとあるものです。
さて、これを踏まえた上で小野寺さんの話を聞きました。テーマは「知的障害者の暮らしを「ひと」から考える」とのこと。これは明らかに、後者の視点です。しかし、小野寺さんがこの修士論文を提出する先は社会学研究科となっています。つまり前者です。この論文は、この点で、とても大きな困難から出発しています。
たとえば、現在の社会学視点の福祉は、人を介助する側と介助される側とに分ける方向で進んでいます。そんな現代に対して、小野寺さんは「知的障害者が支援される側という立場しか持たないのではなく」と、意義を唱えています。小野寺さんの視点はかつてのフーコーらの視点であり、哲学が社会と戦っていた時代の構図がみられるのです。
ここで興味深かったのは、小野寺さんが「企業のボランティア活動」というアイデァを持ち込んだことです。社会学的視点から公的制度の福祉が組み立てられ、それは個人の幸せの追求とぶつかり合います。小野寺さんは後者の立場に立ちながら、どちらにも属さない、あるいはどちらにも染まり得る「企業」というアイデァを手に、社会学の論文を書き上げようとしているのでしょう。そこに、社会学対哲学という不毛な戦いに陥らない可能性を感じました。
もちろん、そのためにはいくつかの実践が必要になります。小野寺さんが言っていた「企業のボランティア活動」と「あくまで個人レベルでのかかわりを追求していく」という二つの実践です。
最終的にどんな論文に仕上がるかはわかりませんが、大きな可能性を感じる話でした。
まず、今回特徴的だったことは、修士論文のテーマでの話だったということです。
福祉をテーマとして考えるとき、切り口は大きく二つあります。一つは「社会」から見ていく考え方です。これは社会学的な考え方で、現在の日本でいうところの福祉は、ほぼこれ一色です。そしてもう一つの切り口は「人(あるいは個別な○○くん)」から見ていく考え方です。これは哲学的、あるいは芸術(文学を含む)的な視点です。たとえばフランスでミシェル・フーコーやガタリが取り組んだ実践は、この視点からのものです。具体的には障害を持つ本人が「僕はこう暮らしたい」とか、その家族が「こんなふうに暮らしてほしい」とか、哲学者が「人間として、こう暮らすべきだ」というようなものです。これは社会的には出てきづらいですが、日本の国の人の営みのレベルにはしっかりとあるものです。
さて、これを踏まえた上で小野寺さんの話を聞きました。テーマは「知的障害者の暮らしを「ひと」から考える」とのこと。これは明らかに、後者の視点です。しかし、小野寺さんがこの修士論文を提出する先は社会学研究科となっています。つまり前者です。この論文は、この点で、とても大きな困難から出発しています。
たとえば、現在の社会学視点の福祉は、人を介助する側と介助される側とに分ける方向で進んでいます。そんな現代に対して、小野寺さんは「知的障害者が支援される側という立場しか持たないのではなく」と、意義を唱えています。小野寺さんの視点はかつてのフーコーらの視点であり、哲学が社会と戦っていた時代の構図がみられるのです。
ここで興味深かったのは、小野寺さんが「企業のボランティア活動」というアイデァを持ち込んだことです。社会学的視点から公的制度の福祉が組み立てられ、それは個人の幸せの追求とぶつかり合います。小野寺さんは後者の立場に立ちながら、どちらにも属さない、あるいはどちらにも染まり得る「企業」というアイデァを手に、社会学の論文を書き上げようとしているのでしょう。そこに、社会学対哲学という不毛な戦いに陥らない可能性を感じました。
もちろん、そのためにはいくつかの実践が必要になります。小野寺さんが言っていた「企業のボランティア活動」と「あくまで個人レベルでのかかわりを追求していく」という二つの実践です。
最終的にどんな論文に仕上がるかはわかりませんが、大きな可能性を感じる話でした。
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